菊の着せ綿 ― 紫式部も詠んだ、重陽の知恵
「菊の花 若ゆばかりに袖ふれて
花のあるじに 千代はゆづらむ」
紫式部の歌です(『紫式部集』)。
若返りの効能があるとされた菊の露を、あえて自分には取り込まず、花の持ち主に千代の寿をゆずりますよ――という意味だそうです。袖でそっと触れる程度にして、永遠の若さは花に託す。その奥には、人間関係のやりとりや、深遠な美意識が垣間見えます。
中国から伝わった重陽の習慣は、日本では平安時代に菊の風習として花開きました。
旧暦9月9日(今の暦でおよそ10月中旬)には「菊の着せ綿」が行われました。前日の夜、菊の花に真綿をかぶせ、翌朝その綿に宿った香りや露で顔や体を拭い、若さと健康を願ったのです。
また、重陽の日には、菊の花を盃に浮かべて酒を飲む「菊酒」も盛んでした。今でいうフラワーレメディのような感覚でしょう。さらに、菊の花を湯に浮かべる「菊湯」、枕に詰めて眠る「菊枕」など、菊に親しむ方法はいくつもありました。たとえ枕元に一輪そっと置くだけでも、香りとともに季節を感じられたことでしょう。
菊は古来「延寿の花」と呼ばれ、人々のいのちを守る薬草として尊ばれてきました。
自然のリズムに寄り添い、花や露に健康を託した平安の人々。その感性は、いまを生きる私たちにとっても、大切なヒントを与えてくれます。
とも治療室でも、自然の恵みに耳を澄ましながら、身体と心を整える養生を大切にしています。
今年の重陽には、夜空を見上げながら「菊の着せ綿」に思いを馳せてみませんか。